3人の子供を持つお金持ちの父親が受けた衝撃の診断結果とは
心配になるような病気の診断を受けることは、それだけで辛いことです。嚢胞性線維症を患っていることを知ったリチャード・マンソンさんの人生は、1日ですべてが崩れ去りました。55歳のリチャードさんには、20年間連れ添った元奥さんとの間に3人の息子がいます。それでは、元奥さんがリチャードさんから隠していた秘密を暴いていきましょう。
成功を収めたビジネスマンであり3児の父親
55歳のリチャード・マンソンさんは、イギリス在住のビジネスマンです。彼のベンチャーのひとつは、たくさんの人がお買い物時の値段比較に利用する人気サイト、MoneySupermarket.comの共同設立です。
こどリチャードさんと奥さんのケイトさんは、銀行に勤務している時に出会いました。2人は恋に落ち、結婚して、3人の息子を授かります。リチャードさんは一生懸命働いて、満ち足りた生活を送っていました。全てが一瞬で崩れ去ってしまうなどとは、考えてもみなかったはずです。
子供たちが家を去り離婚した夫婦
リチャードさんと元奥さんのケイトさんの間には、3人の息子がいます。ウィルさん、エドさん、ジョエルさんです。ウィルさんが23歳、双子が19歳の時、リチャードさんとケイトさんは、離婚という難しい決断を下しました。
お互いの気持ちが離れてからも、息子たちに寄り添い、家族にとっての一番を考えてきました。息子たちが全員18歳を過ぎて、2008年の初めに夫婦は正式に離婚をします。
離婚でたくさんのお金を要求してきたケイトさん
夫婦のどちらも離婚には同意していましたが、そのプロセスが始まると、ケイトさんはリチャードさんにもっとたくさんお金を支払うように圧力をかけてきます。結局、夫婦は、ケイトさんが500万ドルという大金を受け取るという内容で同意。
リチャードさんが支払う500万ドルには、息子たち全員の学費が含まれていました。正直、リチャードさんはケイトさんに高額を請求されたことが理解できません。リチャードさんは、元奥さんが「数年間お金をせびってきて…もっと支払わせようとしてきた」と話しています。
8年後明かされた事実
夫婦は2008年に離婚しているものの、2016年になるまでリチャードさんは結婚生活の間元奥さんが隠し通してきた大きな秘密のことを知りませんでした。
何が最悪というと、奥さんは自身で自分の非を認めたのではなく、リチャードさんは健康診断を行って初めて元奥さんの秘密を知ってしまったのです。奥さんがお金を欲しがっていることはわかっていましたが、これほど長い間騙されていたとは全く気付いていなかったのです。
嚢胞性線維症の診断を受けたリチャードさん
55歳の時、リチャードさんは普段の健康診断のために医師の元を訪れました。すぐに終わるだろうと思っていたリチャードさんですが、医師には追加の検査を求められます。
医師から嚢胞性線維症であると宣告されたリチャードさんは、耳を疑います。いつも通りの健康診断で、このような診断をされるとは思ってもおらず、飲み込むことができないでいました。
病気は遺伝性である
嚢胞性線維症と診断されて、リチャードさんは恐ろしいことに気づきます。姉も同じ病気の診断を受けていて、自分にもその可能性があることはわかっていました。
嚢胞性線維症は、肺がダメージ受けて肺活量が減少させ呼吸を困難にさせる肺の感染症を引き起こすことがあります。遺伝する病気であるため、リチャードさんの脳裏にはすぐに3人の息子の顔が浮かびました。
医師から「3人の息子さんは問題なし」
3人の息子に嚢胞性線維症が遺伝してしまったのでは、と不安になったリチャードさん。親としてこの質問をすることは辛いことでしょう。リチャードさんは、息子が同じ病気に苦しむのではないか、とますます不安を募らせました。
座り込んで与えられた情報を飲みこもうとしながら、医師に3人の息子について質問をします。
嚢胞性線維症を持つ男性は子どもを作れない
医師の返答は、リチャードさんが思ってもいないような内容でした。人生が変わるようなその会話を今でも覚えています。「話の内容が繁殖能力になった時、君とエマ (2人目の奥さん) は子作りで大変な思いをすることになるよ。嚢胞性線維症の男性は子どもが作れないんだ」
その瞬間、リチャードさんは嚢胞性線維症であるという誤った診断を受けたのだと思います。だって、彼には3人の健康な息子がいるんです。
診断が間違っているはず
リチャードさんは自分の考えを医師に伝えました。「診断が間違っているのではないでしょうか。僕には3人の息子がいるんです。診断を確定させるには、きちんとした検査が必要なはずだ、と思いたかったのです。
リチャードさんはインタビューで次のように思い返しています。「お医者さんに息子のことを伝えるのはうれしいくらいだったよ。だって、これで彼の診断が誤っているってことが証明されたから」。医師は目を大きく開いて、とあることに気づいてしまったのです。
正しいのは診断で、嘘をついていたのは元妻
医師は口を閉ざしましたが、リチャードさんは彼が言おうとしていることに気づいていました。嚢胞性線維症の診断は正しかったのです。嘘をついていたのは、リチャードさんの元妻だったのです。リチャードさんは、世界が崩れ去って行くような気分になりました。
リチャードさんは健康に関する最悪のニュースを受けただけでなく、同じ日に自分は息子たちの実の父親でないことを知ってしまったのです。ケイトさんは、ずっとリチャードさんに嘘をつき続けてきたのです。しかし、リチャードさんは遂に真実を知ってしまいました。
パズルのピースをまとめ始めたリチャードさん
病院でこの事実を知って、リチャードさんはとあることに気づきます。ケイトさんがリチャードさんに嘘をついて、別の男性と会っていたであろう時期を考え始めました。
赤信号が出ていた時があったのでは、と思い返します。しかし、リチャードさんはこの説はあり得ないと結論付けました。彼は奥さんが正直でいるとずっと信じていたのです。ケイトさんはなぜこんなことをしたのでしょうか?
赤信号を無視してしまったのか?
嚢胞性線維症の診断を受ける前は、元奥さんが結婚中に浮気をしていることなど疑ってもみませんでした。今になって振り返ってみると、彼の気づかないところで浮気をしていたということは十分にあり得ます。
リチャードさんは、努力家の成功を収めたビジネスマンで、よく遅くまで仕事をしています。だから、ケイトさんが「仕事の用事」があると言っても真にも疑いませんでした。例えば、「出張」中にフライトがキャンセルになってケイトさんがロンドンに一晩滞在したあの時…?
リチャードさんに似ていないと言われていた双子
医師に診断を聞かされるまで、息子が自分の実の息子ではないということを考えてもみませんでした。自分は子どもが持てないと聞かされると、様々な考えが浮かんできます。双子が生まれた時、元奥さんのケイトさんに似ているがリチャードさんにはあまり似ていないというコメントを受けていたのです。
当時は気にも留めてもいませんでした。しかし今になって、その言葉が大きな音を立てて脳内で響いてきます。
突然、「子どもはユダヤ教に育てたい」
ケイトさんが第一子を妊娠した時、すでに2人は結婚7年目を迎えていました。その間、生まれてくる子供をユダヤ教にしたい、というような考えは一度も聞かされていません。そのため、ウィルさんを授かった時にその話を聞かされたリチャードさんは驚愕します。
リチャードさんとケイトさんがしたようにキリスト教の教えを施し洗礼を受けさせるのではなく、ケイトさんがラビに連絡を取り、子どもをユダヤ教に育てました。さらに、3人ともユダヤ教のミドルネームを持っています。
息子たちが誰に似ているか考え始めたリチャードさん
過去を思い返してみると、様々な考えがリチャードさんの頭を駆け巡りました。それから、息子たちはケイトさんのほかに誰に似ているか考え始めたのです。
リチャードさんは、息子たちには、誰か知っている人に似ている共通があることに気づきました。しかし、それが誰なのかがわかりません。本当にずっと浮気をされていたのだろうか?リチャードさんは真実を確かめることにします。
容疑者は…
すべてを考えて、結婚中に元奥さんが浮気をしていたであろうと思われる相手を絞り出します。1つ目の手掛かりは、ケイトさんの「出張中」に行われていたということです。
つまり、職場の誰かと浮気をしていた可能性があります。リチャードさんは、ケイトさんの同僚のひとりに息子たちが似ていることに気づいたのです。その男性がユダヤ教であったことを思い出し、遂にパズルの最後のピースがはまりました。
ケイトさんにメールを送り、白状するよう求めたリチャードさん
すでに離婚しているため、家に帰ってケイトさんに話すというようなことはできません。そこで医師に言われて気づいたことを説明し、答えを要求するメールを送ることにしました。
「リバプール肺病院へ行ったんだ…嚢胞性線維症という診断を受けたよ。嚢胞性線維症の男性は子ども1人作ることさえできない。つまり、98%の確率で、僕は息子たちの本当の父親じゃないんだ。
返信がないため、改めてメール
診断を受けるだけでもかなり辛いことです。それなのに、今3人の息子たちが血のつながった息子であるかもわかりません。リチャードさんは真実を知りたいだけです。ケイトさんはリチャードさんに説明する義務があるのではないでしょうか?ケイトさんからの返信が来なかったため、リチャードさんは再びメールを送ります。
僕が父親かどうかはっきりさせてくれることを期待してただけなんだ。息子たちにどう伝えるかは、君の意見に従うよ。でも、僕に診断内容を覆そうと無理にテストを受けさせるなら、僕のやりたいようにやらせてもらう。」
否定
ケイトさんは、リチャードさんの2通目のメールに返信してきました。結婚中の浮気を否定し、リチャードさんが父親であることを強調します。
ケイトさんは次のように返してきました。「もちろん息子たちはあなたの息子よ。科学がなんと言おうとね」。そこでリチャードさんは、本当のことを言わないとDNAテストを受けて息子たちに結果をバラす、と伝えました。ケイトさんの返信を読んで、リチャードさんは信用できないと思ったのです。だからこそ、DNA検査を行う決意をしたのです。
長男に連絡を入れたリチャードさん
リチャードさんは長男のウィルさんに、この問題に関して連絡を入れました。23歳になる息子の実の父親ではないとほぼ確信していたものの、DNAテストをするまで確定ではありません。さらに、息子に嚢胞性線維症について伝える必要もありました。自分にそうであったように、同じ日にこの2つのニュースを息子に伝えるつもりだったのです。
リチャードさんはウィルさんとの会話を次のように思い出しています。「嚢胞性線維症の診断を伝えたら、驚くほど落ち着いた反応だったよ」
自身の疑いを息子に明かしたリチャードさん
「それから僕は言ったんだ。『伝えられたことのひとつは、嚢胞性線維症を持つ男性は、子どもが作れないってことなんだ』って」
それから、今まで一番辛い会話をしなくてはいけません。「そしたらウィルは言ったんだ。『わかったよ、父さん。つまり父さんは俺の本当の父さんじゃないかもってことだよね」
全てを話したリチャードさん
「口に出すには辛すぎることだったけど、ウィルの方から言ってくれたんだ」と、リチャードさんはウィルさんとの会話を思い出します。ウィルさんは、もし実際には血がつながっていなくても、リチャードさんが「父さん」であることに変わりないということを強調しました。
23歳の若者であれば、このような会話を親とすることになるなどとは思ってもみないはずです。かなり重い内容ですよね。「とても感動的な出来事だったけど、怒りも感じていたよ」と、話すリチャードさん。
血のつながった息子がいないという辛い事実
23年もの間、リチャードさんは自分に子どもがいると信じ切っていました。次の世代に自分の遺伝子を残して、息子たちが自分の血縁を受け継いでくれると思っていたのです。真実を知ることはショッキングなことでした。
リチャードさんは、この事実に打ちひしがれます。嚢胞性線維症を患っているということは、思ったほど残された時間がないということを意味します。辛い会話を一度に行うことは、かなり悲しいことでした。
母親に詰め寄ったウィルさん
リチャードさんと話してから、ウィルさんは母親のケイトさんにこの事実に関して詰め寄ります。本当にリチャードさんがウィルさんの父親なのか、とケイトさんに尋ねました。リチャードさんには嘘をついたケイトさんでしたが、ウィルさんには嘘がつけなかったようです。息子に浮気を認めました。
結婚中に浮気が始まって、リチャードさん以外の人が実の父親である可能性がかなり大きい、と白状したのです。ケイトさんが浮気をしているというリチャードさんの疑いは、やはり正しかったのです。
20年間に及ぶ浮気
最終的に浮気を認めたケイトさん。浮気は結婚してから始まりました。さて、その相手とはだれなのでしょうか?銀行勤務時代、リチャードさんに出会ったその同じ日に「彼」とも出会ってしまったのです。
リチャードさんが疑っていたように、相手は同じバークレイズ銀行で働く同僚。ケイトさんは、20年近くも秘密をみんなから隠していたのです。
父親はリチャードさんだと思っていたと主張
同僚と浮気をしていたことは認めたものの、ケイトさんは息子がリチャードさんの実の息子であることを強調しました。もちろん信じられなかったウィルさんは、DNAテストに乗り出します。
この時点で、リチャードさんは今までの人生すべてがうそのように感じました。元妻は2重生活を送っていて、彼に3人の子供がいると思わせたのです。リチャードさんは真実を求めていました。
DNAテストを受けたリチャードさん
状況の収拾をつけるためにも、リチャードさんはDNAテストを受ける必要がありました。父親詐欺の専門家であるロジャー・テレルさんの指示の元、リチャードさんは自身の生殖能力を確認するテストを複数受けます。テスト結果は、リチャードさんは子どもを作ることができないという結果でした。
その後、最悪の状況に覚悟を決めながら、DNAテストを提出したリチャードさん。適合を確かめるために、息子からもDNAサンプルを集めなくてはいけません。
リチャードさんは双子の父親ではない
次男である19歳の双子、エドさんとジョエルさんは、リチャードさんが実の父親かを確かめるためDNAテストを受けることに合意しました。やはりリチャードさんの疑い通り、双子はリチャードさんの息子ではないことが証明されます。
ケイトさんが結婚生活中長期間にわたって浮気をしていた、絶対的な証拠でした。子どもがリチャードさんのものであると、ケイトさんはずっと嘘をつき続けてきたのです。リチャードさんは双子が自分の子供でないことがわかり、絶望しました。
テストを受けることを拒んだウィルさん
リチャードさんが実の父親ではないかもしれないと最初に知ったのはウィルさんです。双子がテストを先に受け、ウィルさんはその結果を聞かされていました。しかし、リチャードさんと父親詐欺の専門家がDNAテストを受けるようウィルさんに要請すると、なんと彼はテストを拒んだのです。
「俺が知ってる限り、父さん (リチャードさん) が俺の父さんであることに変わりない」。ウィルさんはリチャードさんからポジティブな影響を受けてきたウィルさんは、リチャードさんを「父さん」と呼ぶことに誇りを感じていたのです。
母親を訴えないように頼んだウィルさん
リチャードさんにとって、ウィルさんがDNAサンプルを提供した場合、ケイトさんに対する訴訟で有利になります。しかし、リチャードさんはウィルさんとの会話を思い出していました。「長男が言ったんだ。『母さんを訴えたら、俺は父さんとはもう二度と口を利かないから』って」
結局ケイトさんを相手取って訴訟を起こしたリチャードさん。長男のウィルさんは、その言葉通りそれ以来リチャードさんと言葉を交わしていません。
父親を支援することにした双子
リチャードさんの長男は提訴したことに怒っていましたが、双子のエドさんとジョエルさんは父親と良好な関係を続けています。リチャードさんが双子から受け取った手紙にはこう書かれていました。「父さん、初めに言ったように、何があっても父さんは父さんだよ」
「もちろん連絡は取り続けるよ。それは変わらない…いつでもそばにいるし、父さんはずっと俺たちの父さんだよ。愛してる」
父親詐欺のケースで勝訴したリチャードさん
すべて準備が整ったところで、リチャードさんはケイトさんを相手取り訴訟を起こします。裁判所は、ケイトさんに300,000ドル以上の支払いを命じました。裁判所で同意した内容には、息子たちの父親は明かさないということが含まれていました。
リチャードさんは、息子たちには自分の父親を知る権利があると思っていましたが、この内容に同意しました。現在リチャードさんは嚢胞性線維症の治療中で、回復傾向に向かっているそうです。
命に係わる診断
ネバダ州のリノ在住のクリス・ロングさんは、2015年に急性骨髄性白血病と骨髄異形成症候群の診断を受けました。クリスさんにとって、これが意味することは一つ。血液がんです。2人の子を持つ父親のクリスさんには骨髄に異常な大きさの腫瘍があり、これによって血球が感染してしまったようです。
急性骨髄性白血病の患者の生存率は24%です。唯一の治療法は、化学療法と骨髄移植。クリスさんは自分の選択肢を色々考えたものの、未来は明るくないように思われました。
骨髄移植とは
骨髄移植の際、がんに侵された骨髄が健康な骨髄と入れ替えられます。骨髄は赤血球と白血球を作り出すため、患者は血液の健康状態が悪化する前に手術することを求められます。
移植を受ける前、害のある組織を破壊するために化学療法を受けたクリスさん。その後、クリスさんの体に攻撃を仕掛けて来ない骨髄を持ったドナーを探さなくてはいけません。これはかなり困難なことですが、幸いにも世界中にたくさんのドナー候補者がいます。
意外と難しい適切なドナー探し
しかし、骨髄ドナーを見つけることは、血液ドナーを見つけることより複雑です。適合者を持つけるために、医師たちはドナーのヒト白血球型抗原 (HLA) を調べなくてはいけません。HLAは、その人の組織と別の組織を区別するために免疫系が使用するたんぱく質です。
どんな人にも、6つの異なるHLAマーカーがあります。医師は、口の中の細胞を採取するDNAテストによって、その人のHLAを知ることが可能です。6つのマーカーが同じであれば、ドナーの細胞が「異物」として認識されることはありません。
変わった取引
幸い、クリスさんのドナーはすぐに見つかりました。ドイツにいる匿名の男性です。当時、クリスさんは、ネバダ州のリノのワショー郡の保安官事務所の情報技術者として勤務していました。ドナーはかなり遠く離れた場所にいるというわけです。
クリスさんの悲しい診断は、オフィス中に広まりました。そんな中、ワショー郡の法科学者たちが彼のケースに興味を抱きます。彼らは、数年後に科学界に衝撃を与える変わった提案をクリスさんにします。
DNAを変えることは可能か
ワショー郡の犯罪研究所のリーダーであるレネー・ロメロさんは、同僚からクリスさんの状況を知らされました。この状況はレネーさんが長年考えていたとある疑問を思い起こさせます。「骨髄の移植によって、クリスさんのDNAが変わることがあるのだろうか?」
レネーさんは、実験に参加する機会に関してクリスさんに話をしました。「DNAがどう変わっていくかを見るために、手術の前に念入りに検査を行う必要がある」と、クリスさんに伝えました。
人間実験台
レネーさんの提案を聞いたのち、クリスさんは同意します。自分の命に係わる診断と辛い回復からの気晴らしが必要だったのです。会話の中で、クリスさんはレネーさんに次のように話します。「自分は生存できるかどうかもわからない」
それにも関わらず、クリスさんは実験への参加を決めます。人間実験台というわけです。手術の前に、クリスさんのDNAサンプルが採取されました。科学者たちは、クリスさんが回復する間、彼のDNAを引き続き観察します。
思ったより早く出てきた結果
骨髄の移植後の4年間、クリスさんは症状回復状態にありました。その間、レネーさんと同僚はクリスさんを綿密に観察します。4か月目、チームはクリスさんの血液を分析。彼のドイツ人のドナーのDNAが、クリスさんの血液の遺伝子コードをすり替えたことが変わりました。
さらにチームは、クリスさんの頬、唇、舌の検査も行います。これらの部分のDNAも、同様にドナーのものにすり替わっていました。DNAのスリ変わりは、チームが考えていたよりもずっと早く行われることがわかったのです。
クリスさんが別の人に変わった過程
法科学者たちは、4年間に渡ってクリスさんのDNAサンプルを収集。ものの数か月で、腕、足、体、顔のDNAは、ドナーのDNAにすり替わりました。おかしなことに、研究中、この結果は変動します。サンプルによっては、クリスさんのDNAとドナーのDNAがどちらも見られたのです。
さらに驚きなのは、クリスさんの精子のDNAも変わってしまったということです。4年後、胸と髪を除くすべてが新しいDNAに変わっていました。
一生分の驚き
ワショー郡の保安官事務所の法科学者たちはこの発見に驚きます。クリスさんのDNAが完全にドナーのものに入れ替わってしまうとは、誰も思ってもみなかったのです。法科学者のダービー・スタインメッツさんは次のように話しています。「クリスさんのDNAがもはや存在しないということに衝撃を受けています」
クリスさん自身も、この発見に衝撃を受けていました。ただ、絶望していたわけではありません。クリスさんは『ニューヨーク・タイムズ』に次のように語っています。「僕が消えて誰かが現れたということはなかなかすごいことだなって思ったんだ」
本物のキメラ?
さて、クリスさんに何が起こったというのでしょうか?骨髄移植によって、クリスさんは「キメラ」と化してしまいました。これは、2つのDNA情報を持つ人に使われる科学的な用語です。この用語は、3つの頭を持つギリシャ神話のモンスターから来ています。
クリスさんの研究の前から、法科学者たちは科学医学的手術によってキメラ化が起こることを知っていました。しかし、患者の体のどこのDNAがドナーのものと入れ替わってしまうかということはわかっていなかったのです。99%のクリスさんのDNAが変わってしまったという事実は、医学界に大きな疑問を抱かせました。
以前も研究がされた内容
骨髄移植によるキメラ化は、以前にも研究がなされています。2004年、『ボーン・マロー・トランスプランテーション』は、骨髄移植によって患者の血液DNAの一部が入れ替わることを発表しています。血液移植であっても、一時的に患者の血液のDNAが入れ替わります。
しかし、これらの研究では血液中のDNAのみを分析しています。クリスさんの研究が行われる前、科学者たちは体の別の部分のDNAを調べてはいなかったのです。こういった意味で、彼の研究は全ての期待を裏切る形となりました。
クリスさんは同じ人間と言えるのか
クリスさんのケースが意味することは、ネバダ州を超えた科学者の元にも届きました。気になる疑問は、クリスさんは別の人のDNAを持っていてもまだ同一人物と言えるのか、ということです。スタンフォード大学の骨髄移植のプロであるアンドルー・レズバーニ医師の答えは、「イエス」です。
「彼らの脳や人格は変わらないはずです」と『インデペンデント』のインタビューに答えています。「クリスさんのドナーが女性の場合、彼が女性に変わるということはありません。DNAが変わったからと言って関係ないのです」
医師にとっては問題なし
医師たちはDNAが変わってしまうことを理解しているものの、問題としては見ていません。移植がうまくいけば、この変化によって医療的な問題が起きることはないためです。患者の医療記録や精神的な部分は変わりません。それでは、何が問題なのでしょうか?
レネーさんと同僚にとって、DNAの変化は重要な問題です。法科学者として、クリスさんのケースを犯罪処理の立場から見ています。DNAの変化は、犯罪という面では死活問題となり得るのです。
犯罪捜査に影響しかねない
法科学者たちにとって、クリスさんのDNAの変化は新しい問題を浮き彫りにしました。犯罪捜査官が犯罪者を捕まえようとする際、1人の人物に導いてくれるDNAサンプルに頼っています。DNAが2人の人物に導く場合、どうなるのでしょうか?
法科学者のブリタニー・シルトンさんによれば、このDNAの変化によって調査員たちを誤った答えに導きだしてしまう可能性があります。おかしてもいない罪で、誰かを糾弾することにつながりかねないのです。
過去にあった勘違い
2004年、アラスカの犯罪調査員は、DNAサンプルをデータベースにアップロードして犯人を捕まえました。ただ、問題が一つ。その男性は、事件が起こった際にすでに収監されていたのです。それなのに、DNAサンプルは完全一致しています。
実は、犯人の兄弟は骨髄移植を受けていたことがわかりました。結局真犯人は有罪判決を受けて、1年後の2005年に犯罪捜査科学者のアビラミ・シラムバラムさんが同ケースを発表。まさにシルトンさんが懸念していたことです。
問題はそれだけじゃない
シルトンさんによれば、キメラ化は医療界に別の問題を提示することになりました。2008年、研究学者のヨンビン・イオムさんが、韓国のソウルの交通事故の被害者の特定を試みます。被害者のDNAは女性だと示されていたものの、遺体自体は男性のものだったのです。
被害者は娘から骨髄移植を受けたことが発覚。キメラ化によって、オリジナルのDNAとドナーのDNAの2つのDNAが混在していたのです。これによって、医療調査員たちの遺体の特定が困難になりました。
今まで科学者たちが気づかなかった理由
毎年、何千人もの人が骨髄移植を受けます。この手術は、白血病、鎌状赤血球貧血、リンパ腫などの患者に推奨されています。それでは、なぜこの問題が今まで表面化しなかったのでしょうか?実は、今までも議題に上がったことはあったんです。
骨髄移植が刑事事件に影響したことは今までも確かにあります。ただ、レネーさんの研究は、科学的な視点からDNAの変化を探求した初の詳細な研究でした。クリスさんのケースは、2019年9月の国際法科学学会で発表されます。
思ったよりもよくあるキメラ化 (トラブルも付き物)
研究によれば、21%の三つ子、8%の双子に起こります。しかし、これらの結果は、このような状態がどれだけよくあり得るのかということの説明にはなりません。これらのキメラ化のニュースの話が報道されなければ、多くの人はキメラ化の存在すら知らないでしょう。
ほとんどの人は、自分の血のつながった親と本当に親子同士かを確かめるために父親検査を行いません。その結果、多くの人は自分はキメラであっても知らないという状況でしょう。これは、人の命がかかっている時に初めて問題となり得ます。
わが子を失うことになりかねない親
事例によっては、キメラによって家族が引き裂かれる場合があります。2002年、リディア・フェアチャイルドさんは、児童手当の申請を行いました。しかし、DNAテストによって、彼女は自分の子供たちと血縁関係にないという結果になったのです。このケースの途中に3人目を妊娠したリディアさん。それでも、お腹の中にいる時からDNAが異なるという結果になりました!
判事が3人目の誕生の際に見届け人の手はずを整えたものの、裁判所は医師の証言よりDNAテストの結果を重視します。幸い、その後リディアさんはキメラの診断を受けました。そうでなければ、子どもを失っていたとしておかしくありません。
キメラの子孫は?
クリスさんのケースによって、また別の疑問が浮かんできました。患者のDNAが変わってしまってから子どもを設けた場合、それは誰か別の人の子供になってしまうのでしょうか?レネーさんは、答えを求めて3人の骨髄移植のスペシャリストを調査します。
専門家はとても興味深い疑問だと認めつつも、子どものDNAが変わることはかなりの確率であり得ないだろうと考えています。「誰か別の人の子供の父親になることはないはずだ」と、レズヴァーニ医師は答えています。ドナーの血液細胞が、新しい精子を作ることはあり得ないはずだからです。
クリスさんがドナーの子供の父親になることはあるか?
ほとんどの場合移植によって精子が影響を受けることはないのであれば、なぜクリスさんのものは変わってしまったのでしょうか?クリスさんを治療したメダード・アベディ医師によれば、彼の精子は精管切除によって変わってしまった可能性が高いとしています。精子が動けないということは、そのDNAが変わってしまったということを意味するのです。
クリスさんが精管切除を受けていない場合、同じ結果になるということはあり得るのでしょうか?それはわかっていません。科学者たちがこれをクリスさんでテストすることはできません。精子のDNA分析では、患者のものではなくドナーのDNAという結果が出たことが過去にはあります。
キメラは自然に起こり得る
人間のキメラは、骨髄移植以外でも起こり得ます。例えば、二卵性児の胎芽が早期の時点で死んでしまう、「消えた双子」のケースがあります。残った胎芽が双子の片割れのDNAを吸収し、1人の子供が2セットのDNAを持つのです。
妊娠中、女性によっては赤ちゃんのDNAを保持します。マイクロキメリズムと呼ばれるこの現象は女性の63%に起こり、94歳になっても保持し続けている場合すらあります。『ニューヨークタイムズ』によれば、マイクロキメリズムは「普遍的までとは言わなくともよくあること」です。
キメラの特定は難しい
何が複雑かというと、キメラの特定は簡単ではありません。2015年、とある両親が生まれたての自分たちの赤ちゃんの血液型が自分達のものと適合しないということを知りました。それを受けて、両親はクリニックが誤った精子を使用したのだと判断します。
スタンフォードの遺伝学者のバリー・スターさんは、夫婦に遺伝子テストを受けるように勧めました。おかしなことに、テストでは父親が子どものおじであるという結果になったのです。「人間のキメラ化はよくあることです。ただこのような偶然で明るみに出ることが多いため、特定は困難です」と、遺伝学者のチャールズ・ボックレージさんは『バズフィード・ニュース』に話しています。
この研究の未来への影響
クリスさんのケースは、多くの人のDNAテストに関する意見を変えました。以前は、DNAテストは裁判において絶対確実とされていました。しかし、研究によって、このよくある症状はDNAテストが思っていたよりも偽りなしではないということが示されていしまったのです。
キメラは、健康面に関しては何の問題もありません。ただ、犯人を捕まえるためにDNAテストをする犯罪調査員にとっては躓きになりえます。キメラのケースが明るみに出て、法科学者たちは、DNA証拠の分析方法を変えていかなくてはいけません。
クリスさんはいまどこに?
クリス・ロングさんは、急性骨髄性白血病から完治しています。現在は健康で、キメラとしての問題を一切抱えていません (犯罪は犯していませんからね!) 『インデペンデント』紙には、ドナーに命を救ってもらったお礼をするためにドイツへの旅を計画している、と話しています。
クリスさんが、今後も法科学者に協力していくかに関してはわかっていません。レネーさんとその同僚は、今後もキメラの影響を研究していくと示唆しています。特に、キメラの子供に関する研究です。