現代社会から森に移住した男性の生活とは
仕事を辞め、家や車などの財産を捨ててまで、今までとは全く異なる環境で暮らそうとすることは、なかなかできることではない。ちょっとした旅行でそのような事を経験する物語なら、以前にも何度か見聞きしたことがあるだろうが、これからご紹介する物語は、そんな話とはまったく異なるのだ。ミック・ドッヂにとって、森で暮らすということは、決して試練などではなく、母なる自然の教えを自ら学ぶということ、そのものだった。そして、そんな生活を始めてほぼ30年が経過した。「はだし先生」として知られていたミックは、軍隊での経験や武術の訓練を活かし、はだしで、「家」と呼ぶ厳しい自然の中で暮らしている。この記事では、ミックがこれまでに発見したことをご紹介しよう。
世間からもよく知られた自然愛好家
海兵隊を退役したロナルド・L・ドッヂの息子として、ミック・ドッヂは、1950年代を少年として過ごした。そして、海兵隊員の父と共に、数年ごとに引越しをしながら、沖縄の高校を卒業した。その後は、父の跡をたどるかのように海兵隊に入隊し、6年間を海兵隊で過ごす。
マザー・ネイチャー・ネットワークのインタビューに対し、ミックは読書をするのが好きで、海兵隊をやめた後、重機の機械工や皿洗いといった職を含め、いくつか仕事についた経験があると答えている。
故郷に帰還
ミックのおじいさんは木こりだった。そして孫に、自然の中でも、いかに生きていくことが可能なのか知恵を授けてくれたのだった。ミックの家族らは、何世紀にも渡って人の手が入っていないオリンピック国立公園にあるホー・レインフォレストで暮らしていた。
そして、ミックも朝の9時~夕方5時まで働くという現代社会の慣習に従った生活を数年間した後、生活を一変することを決意する。これまでの生活を全て捨てて、かつて自身の家族が暮らしていたように、ホー・レインフォレストに移り住むことにしたのだ。
はじまりは裸足から
マザー・ネイチャー・ネットワークは、ミック・ドッヂへのインタビューで、自身を森へ向かわせた理由は何だったのかと尋ねた。その回答は「足が痛かった」という率直なものだった。ミックの足は槌状足指症や足底筋膜炎にかかっており、状態が酷いため、普通に歩くこともままならなかった。
ミックにとって、歩けなくなってしまうことはとても深刻だった。もちろん、毎日あちこち動き回るのに必要なだけではなく、現代社会のストレスに対処するために、ミックには運動が必要不可欠だったのだ。そこで、足を治すためにも、ホー・レインフォレストに向かうことを決めたのだ。
まったく新しい世界の一員になる
ミックは、素足を大地につけて暮らすようになってから、足の具合が良くなっていったと言う。更には、足だけでなく、首や背中、心も調子を取り戻していったようだ。ミックは、自然の中で暮らすことによって、どのように自身の考え方が変わったかについても詳しく語った。
「単純に裸足で地面に触れることによって、自然は火のように踊り、風のように走り、岩のように強く、水のように流れることを教えてくれる」とマザー・ネイチャー・ネットワークで語っている。
その後、物事がそんなに簡単にいかないことに気づく
ミックは、ナショナルジオグラフィックに、足には20万個以上もの神経が通っており、素足を地面につけることによって、周りにある自然と触れ合う感覚が養われると述べている。また、「足が地図のような働きをする」とも口にしているのだ。しかしながら、こういった状態に自身をもっていくには、足の声に耳を傾けることが大事で、自然をあなどらず、常に注意を払うことが必要だとも述べている。
あるとき、ミックが遠いところまで走っていたとき、雪が降り始めたことがあったそうだ。ミックは、持っていたヘラジカの皮の上着を切り裂き、それで足を包んだのだが、こうした措置を講じなければ、凍傷にでもなって足の指を失うことになったかもしれなかった。
知識を伝える
生活スタイルを変えてから間もなく、ミックはジャッキー・チャンドラーと共に「アースジム」という、自然の中で身体を動かすことを教えるプログラムを作った。ミック・ドッヂの公式サイトによると、アースジムは、今さらに進化し、ウォーキング・マウンテン・ヨガとして知られているが、これは、日頃使っている機械やテクノロジーから離れ、自然の中で身体を使った運動を推奨するプログラムだとしている。
さらにウェブサイトには、「ミックは、ワシントン州北西部のオリンピック山脈の川沿いに暮らし、参加者を自然の深い教えに導く中心的な指導者であり、自然での生活を実践するためのトレーナーでもあります。」と記載されている。
はだし先生
アースジムは、写真にあるような棒を使ってストレッチすることを推奨している。ミックは素足で自然に触れて感じることが大切だという信念を掲げていることから、このコミュニティで「はだし先生」と呼ばれるようになる。一方、共同でアースジムを創ったジャッキーは「ムーンヘア」と呼ばれている。
ウェブサイトによると、ミックの教えは、ヨガ実践者やランナー、ハイキング愛好家、動物愛好家などに好評だという。ミック独自の手法は、軍隊での経験やブートキャンプ、日本にいたときに習った武術に基づいているそうだ。
軍人の父を持つ幼少期
父親の職業柄、あちこちに引越すことが多かったため、幼少期からミックは、様々な文化に触れることができた。そして、これが後にミック独自の生活スタイルに大きく影響していくこととなる。ミックの持つ様々なスキルや、他者を受け入れる包容力などは、おそらく幼少期から世界中で得られた経験によるものだろう。しかしながら、家庭環境もその性格に大きく影響している。
ミックの父親は典型的な軍人だった。毎朝5時にミックを起こし、早朝ランニングに連れ出した。そして、この習慣こそが、心身ともに健康であるためには、ランニングが欠かせないという考えに至らせているのだ。
ミックの食事
ミックは、自身を雑食だと言う。木の切り株の傍で眠り、起きると周りの植物を食している。もっとお腹がすけば、それが食物を探すエネルギーになる。
食物がなかなか見つからないときは、やむなく道路沿いを歩き、車にはねられて死んでしまった動物を探す。はねられて死んだ動物がそのままミックの食事になることもあれば、その動物を使ってより大きな動物や魚を捕まえることもある。
ミックが出くわした最も危険なものは、動物ではなかった
ミックは、マザー・ネイチャー・ネットワークに対し、これまでに出くわした最も危険なものは動物などではないと述べている。これまでに野生動物と至近距離で出くわしたことがあるかという質問に対し、ミックは、道路沿いを歩いていたときに起こった出来事について話した。
「どこかのバカが携帯電話で話しながら、時速80マイル以上もスピードを出して運転していて、もう少しで鹿と、俺にぶつかるところだった。フェンス越しの自然の中で出くわした最も恐ろしいものは、壁に囲まれた都市と2足歩行の人間だ。」と語っている。
自然に深く根付く
木の根元で生活していることは、ミックが自然と繋がることの重要性を信じている十分な証だ。しかし、そのことを自身が忘れないように、ミックは両足にタトゥーをほどこしている。両方の足には木の根っこが書かれており、足を通じてのみ、地球に根差し、自然と繋がれるという意味が込められシンボルになっているのだ。
ミックは、足を地図のように使って、足の向くままに移動する。または自然の声を聴くために足を使う。裸足で地面を踏みしめれば、地形も違ったものに感じられ、そこから学ぶことができるのだという。
ミックは非常に革新的
ミックは、現代社会のある贅沢をも自作して楽しんでいる。たとえば、ベリーなどの果物類と水、カタバミの葉を使って「ジャムジュース」を作ったりする。中でも特筆すべき点は、小さく燃える火の上に、ドラム缶を吊るして作ったお風呂だろう。
更には、リサイクルショップなどに行き、物々交換で目当ての物を手に入れることもある。森で生活をしているとはいえ、必要なときには現代社会の恩恵を受けられるように、現代社会と適度な距離を保っているのだ。
家族と連絡を取り合う
ミックは、自身の(人間の)家族とも連絡を取り合っているが、たいていの場合、犬の親戚たちと写真におさまっている姿を見かけられることが多い。ミックの相棒は、ガブという名の犬だ。お互いを危険から守り、それぞれが別々に探検した後にも、どこかで必ず落ち合う。しかし、ミックはガブの他にも多くの犬を連れている。
森での生活を好んでいるものの、必要なときには現代社会に戻ることもある。たとえば結婚式のような大きな家族イベントがあるときなどには、そのイベントが行われる場所まで向かい、道中に滝で行水し、イベントに相応しく装うのだ。
ミック、テレビ番組で有名人に
女性らのグループがアースジムに参加し、ミックと共に運動する様子を撮影し、ソーシャルメディアに投稿すると、ナショナルジオグラフィックは、ミックを中心とした番組の企画を持ちかけた。その番組は2014年~2015年にかけて放送され、ミックは一躍有名人となった。
マザー・ネイチャー・ネットワークがミックに、その番組への出演を同意した理由を尋ねたとき、ミックは自身の3つの情熱について述べた。1つは自然(ミックの先生)、2つ目は自身のコミュニティ、3つ目はアースジムでのトレーニング。これら全ての、自身が世界から学んできたことをシェアすることが、自身の義務だと感じているようだった。
「私は偉大な人ではない」
ナショナルジオグラフィックの番組名は「ミック・ドッヂの伝説」だったものの、ミックは自身が伝説と言われるほどの偉人ではないと述べている。「大地が偉大なのだ」とマザー・ネイチャー・ネットワークには語っている。
テレビ番組での出演もあまり面白いと感じられず、録音された自身の声が気に入らないこと以外にも、有名になることにあまり気がのらないと後に彼は語っている。というのも、名声というものは「常に非難や恥を伴う」と考えているからだ。ミックを探し出そうとする人には、自身の暮らし方を見せることで応えると述べている。
ミックの友人
ミック・ドッヂのウェブサイトには、サバイバル技術をさらに深めることについて教えてくれた友人の名前が挙げられている。これらの友人は、ナショナルジオグラフィックの番組内でも、ミックの日々の生活を紹介する中で、出演していた。
友人一覧には、トライバル・エッジ・プライマル・アート・トレーニングセンターの設立者兼インストラクター責任者であるベン・サンフォードや、スチールヘッドや鮭釣りをミックに教えてくれたパット・ニール、写真に写っている弓の射手ノーマン・クラッセン・アーチャーがなどのが名を連ねられている。ミックの自身のコミュニティに対する愛情が、他人へのレッスンを通じて、自身の能力を伸ばすことができていると考えることに繋がっているのかもしれない。
寂しいと感じることはないのだろうか?
女性について尋ねると、ミックは、これまでにも多くの素晴らしい女性に出会ったが、多くの女性はミックとまるで兄弟姉妹のような関係になると答えている。しかし、その中でも1人の女性については、その関係がどのようなものなのか、ハッキリと口にしない。
ミックは、彼女を「スギのような女性」と呼び、彼女とは自然についての展望を共有していると言う。彼女はまた、ミックがベースキャンプと呼んでいる「オリンピック山脈自然の知恵サークル」の一員でもある。ミックは彼女の知恵を頼りにしていると答えている。
ミックが感じる気持ちは、感謝という言葉では言い表せない
母なる自然の助けをかりて、ミック自身がいかにここまで進化したかについて、彼らに何かを伝えようとするには、感謝という言葉は「あまりにも弱すぎる」と言う。たとえば現代の快適さや、壁、電子機器といった構造物から抜け出すことによって得た、まるで小さな箱から抜け出したような感覚は、なんとも言い表せない感覚になると語っている。
現代社会において、何か肩書を得ようとしたり、他人に自分の価値を認めてもらおうとしたり、ある種の地位を得ようとした代わりに、ミックは、自然のなかで生きる事で最も基本的な暮らし方を見つけたのだった。彼は、自身の暮らしに何が合うか、何が理にかなっているのかだけを重視しているのだった。
現代社会を避けることが目的ではない
ミックは、体を動かす運動によって、現代社会との付き合い方が学べると語っている。それは、文明から逃れることはできないが、逃れられない事実に腹を立てているわけでもなさそうだ。現代社会と自然とのいずれかを選ぶというよりは、より良く暮らすために自然から必要なことを得ているといった具合だ。
ミックは、森で暮らすことによって、いかに自身が両極端にならずに済んでいるかについて強調する。どちらの生活も経験した上で、ミックは自然と共に暮らすことを選んだのだ。文明から離れるというよりはむしろ、自然に触れることによって自分自身を回復させることができるということを多くの人に感じて欲しいと、彼自体は願っているのだ。
多くの名を持つ男
年月を経て人気になるにつれ、ミックの呼び名も増えていった。「歩く山」「中つ国のフォレストガンプ」「サバイバリスト志望者のジェダイ・マスター」「ビッグ・フット」「ホビット」「木のひげ」「裸足の放浪者」「はだし先生」などだ。
多くの呼び名を持ち、有名になっているにもかかわらず、ミックは人からどう思われようと気にならないと述べている。ミックには人々が何を考えているかは分からないが、もっと自然のことを気にかけるようになればと願っているようだ。